青野ゆらぎ


燃えている桟橋

ひとすじの煙 人魚に会うのなら青いデニムとTシャツがいい
シェルターで踊ろう 腰をシェルターでふって踊れば楽しいだろう
隕石のはなし ぼくらは街なかで同じ手首を何回も見た
それはいま支持者にとって喫緊の課題であって ピザ屋の鏡
犯人のねらいはバナナフィッシュかもしれない パルプだらけの波間
設計図だけが書かれた(ぼくたちの)(ティーンエイジの)(カルトの)(馬の)
水中になるべく深く潜るため梨を忘れてしまおう 梨を?
ひとりからふたりへ ふたりから写実絵画をうつすラストシーンへ
「足早にせまい廊下を歩くのがきみで、わたしの裸が合図」
濃い霧のむこうに足があるにせよ、眠らなければ目覚められない You can't wake up if you don't fall asleep

ワイヤード

弁護士にかくれて君に持ちかけるうその海底探査の話
忘れずに舌に名前を書いておくべきだ かすかな衝撃のため
カウボーイ殺し 6まで数えたらあなたのしたいことを教えて
少しずつちいさくなって消えていくように見えたのですか かもめが?
サーフィンに適した波がこない日も夏の海辺で裸になった
いつまでも秘密の指示を待っている男のためにあるヘアサロン
法律に神の同意は必要でない 踊らないより踊りたい
青い青い車窓にうつる横顔の鼻のむこうでつづく暴動
思想には見るべき点がないのだがぼくたちは朝焼けに光って
砂防林 系図としては不自然で父親たちが最後になった
8mmのビデオ 湖水をかき乱す潜水艦のせつない浮上
「支那風のドレスだったと思います。コンテナ船の話をしました」
「フルーツが食べてみたくて反乱を計画した」と翻訳された
雨音は悪いニュースを告げていた。罪より先に罰が来たなら?
水中に落ちることからはじまった治世 つたないポルノグラフィー
工学者たちよ! いつかは焼けるようなセレブリティの皮膚を見たいか
意図までが悪だったとは限らないだろう。「わたしが誰かわかるの」
最後まで他人のために生きていた北ハイウェイのこわい幽霊
色のない色 天井のない車 専制君主になったあなたは
新しいテクノロジーで何もかも忘れさせてよ 音のない地下
ぼくたちの血のように濃い水 水はよわい羊の脳を洗った
人間は森で(西洋哲学史)秘密を話す習性がある
さざ波が止まって見えてうつくしい墓地は浜辺にあっても墓地だ
にせ者の新聞記者に手を引かれ事件現場へ 遠くの島へ
人がまだスノウ・ドームの中にいる 急いで 夜が終わってしまう
綿と肉 彼女が話す湖で馬と彼女を洗った話
一定の速度で長い道をいく車どろぼうたちのパレード
ドーナツの構造上の欠陥は誰の目からもあきらかだった
燃えさかるバーバーショップ DJはつねに多数決を重んじた
大雨になるまで庭をみていると大雨になる 君はおかしい
植物の図鑑 すべての発言が水爆戦の前ぶれになる
ボウリング場の近くに落ちている小指 必然性のない指
頭から白い袋をかぶるとき思うビバップ・フレーズのこと
ぼくたちがはなればなれに住んでいるはなればなれのアパートメント
いつだって頭の中の彫刻は頭の中にあるものだから
リビングに降る雨 長い廊下にも降る雨 かつて王だったこと
夜光虫 永遠に生きて永遠に弾きつづけても開かない扉
白黒の海 いつまでも思い出す壁がなかったころの会話を
日のあたる道を歩こう 日のあたる道を大人は歩かないから
天国でふたたび自殺することは悪いアイデアだとみなされた
飛行機があらわれるまで空を見て待っていたのに あんなに黒い
ワイヤード・ラブ ノルウェーの湖で2文字からなる詩を書くことは
コンピュータ世界 ひとりにひとつずつ百年つづく暴力の町
森の王たちは興味をしめさないメトロの自動演奏ピアノ
街灯の下で少女が思い出す島についての九歩格の詩
ぼくたちがビールを飲んで語りあうことやカントが知っていたこと
パラシュート部隊が徐々に舌先に近づいてくる日があったなら
現代のいたるところは現代でかつてわたしが白かったとき
この先に起こるすべてを知っている巨人はうしろ向きに歩いた
解釈は強い批判を引き起こしふたり北までふたりで泳ぐ

ビーチ・ビデオ・アーカイブ

ぼくたちが一昨年 おととし に核実験を見ていたことは定説だった
砂浜で七分ぐらいまどろんでそれで終わっていたら素敵だ
ブーツから砂を振り落としたあとにそれの中には砂はもうない
「ガソリンを入れる間に教えてよ、光線銃の扱いかたを」
太陽と砂漠と海とセックスと業務フローと脱走経路
はじめにはことばがあった 暗闇がたじろくほどのひどい罵倒が
渚から平均的に遠ざかるランゲルハンス島の歩行者
「きのう見た夢は細部にいたるまで天然色で思い出せます」
コーヒーを受け取るときに少しだけ目が合うようで 歴史の天使
人間の身体の中にあるものを知らないままで関係になる
朝はやくドアを七回たたくのは世界の危機が終わった合図 
蜃気楼の街でミルクを飲みながら引用するエメ・セゼールの文
便宜上、観光客とされているあらゆる場所を歩く人々
ヌーディスト・ビーチで服を脱いでいる女の口がすこし大きい
空港のにおいを模した香水をつけているあの御方にハロー
最新の世論調査にもとづいて修道院のロング・ショットを
「重力が弱くなるまで待っていて、大停電の海岸線で」
好ましい短期記憶が残される想定だった ぼくらのサーフェス
大腿 ふともも を緊張させて立ってみたカメラの前でなにも起きない
できるだけプールサイドに近づいて楕円曲線暗号を解く
砂漠にはただサイレンが鳴りひびきシェリー・レヴィーンのための帝国
「小説はひどい匂いで燃えるから焚き火のなかに入れないでくれ」
木曜日/計画都市のリサの嘘/対蹠地までボートで向かう
境目がわからなくなる浴槽で(海外領土)右目をつぶる
かつて海だったところもパーティの会場になる 弱い既視感
全員が白い仮面をつけていることに気づいてもう進めない
トランクの中でひとりで死ぬことがホイールどろぼうたちの哲学
喧騒のクラブを抜けてぼくたちは半魚人へと戻っていった
生命を奪ったしるしとしてあるコンクリートのリビングルーム
鏡には世界のすべて(わたしには確かにそうであった)がうつる
七世紀ごろテクノにもグルーヴが存在すると提唱された
材木を積んだ列車を見たことを奇跡のように語るのだろう
三叉路にたどり着いてもあわてずに電話をかけて正解を聞く
ハンバーガー・ショップの裏で待ち伏せることがぼくらの防御計画
またしても高性能の爆薬が過去と未来をひっくり返す
早すぎる大雨期だった 教会は何度電話をかけても不通
「七年が経てばフォレスト・グリーンのポルシェで迎えにくる約束だ」
微笑みはカメラを見ない/不合理な君は今でも深夜のダイバー
金魚鉢だらけの部屋に白黒のエンドロールが終わるまでいる
多階層道路の意味を知るように雨の都に降る、降る螺旋は
ショッピング・モールを追われて末裔は真昼の町で浴びる光線
硬水のペットボトルを握りしめ夜間飛行をあくまで拒む
探知機が壊れていても問題ない ここは黄金郷 エル・ドラード ではないし
教科書で見るよりずっと難解な非ユークリッド幾何学の海
中心に立つものだけがうつくしい地下室にいて寒くなかった
客室に鍵はいらない もう少しこうしていたいけど世紀末
すれ違う女王の顔が巧妙に日傘で見えないことも許した
旅人のいない景色を旅人は見たい 首都には夏への扉
「原子力空母の朝に降り積もる砂もかつては星々でしたか」
どこまでも遠くにいこう 呪われたぼくたちいつか人魚になろう

犬神通信

犬神を連れた少女がタクシーを止めて四ツ谷に帰っていった
明け方のテレビはとてもおもしろい 寝椅子に沈む横に犬神
大審院判決昭和15年8月3日——犬神事件
葬列はひと巡りして町を出た 墓掘り人の横に犬神
犬神のいない道路で手をつなぐふたりはおとぎ話になった 

世界通信

過去の日に全てはあった 冷戦も世界貿易センタービルも
八月のプールの底に後輩と国家サンディカリスムを説く君
数学に基礎づけられた明晰なダンスを学ぶための教室
窓辺から連絡船を見送ったあとで小さいテレビをつける
学習の成果を見せよ 湖をかたどる青写真 ブループリント を描け
色白の横顔だけを記憶して国際地球観測年は
架空送電線を縫うように飛ぶマジステールが見えた気がした
ストリップ・ダンサーの右くるぶしにイエスを示す魚のタトゥー
偽者の牧師に聞いたシノプシス: 世界最初の日は雨だった
じゅうたんで寝ている犬を撫でながら示す奇数に関する定理
われわれの魔術は白く、瞳孔の差異や歪みは存在しない
決別はつねに都会の罪でしょう 波の向こうに救世主国 エル・サルバドール
さそり座の位置をよく見て工場に他人がいなくなったら叫べ
雪国の女が去って警官が嗅いだナイルの庭の残り香
「フロイトは正しかったよ」 夏の日にピアノは海の底に沈んだ
この街で実現されたglobal communication 感動的な

プロセスの子供たち

雪の降る町にサミーの複製が32体放たれている
雪の降る町を横切る葬列の少女の舌にある S・O・S
「雪の降る町で自殺をした人は、死んでいるのに気づけないので」
雪の降る町がひとつの命題の証明であるような体系
雪の降る町で気化した妹はガス室の中 かなしんでいた
雪の降る町を飛び立つ無人機はプラスチックになった夏蝶
雪の降る町であるから降っているこれらはすべて雪なのだろう

湿原の助祭

ネクタイを結ぶ手つきもおぼつかずあなたの沈む湿原へいく
色のない服をさがして葬列に並ぶぼくらは敗北者たち
あまつさえ雨は朝まで降りつづく。極相林に黄色の乳房
死を告げることに不慣れな少年課刑事の首にならんだほくろ
脳みそに外科的処置が施され、行方不明者たちを忘れる
ビニールの袋にのぞく鯵の目に刻まれた旧華族の家紋
革靴のかかとが消化液を踏む ここも彼らの縄張りである
寒村の らしい司書の軟骨に空いたピアスの穴から入る
正しいとわかっていてもできなくて、未だにここにいるんだ ごめん
霊感のない妹が汗だくで裸になってやっていたこと
雨漏りを両手で受ける 世界にはこれぐらいしかすることがない
誘われて跛行の猫を追ってきて炭鉱救護隊に呼ばれる
透明な友人たちが立ち去った夜行列車はひどく静かで
雨の降る日には唾液も糖分をふくみ、木目の床に落ちます
重力が振り切れなくて泣いている宇宙飛行士たちの幽霊
鉄橋の血糊が雨に溶けてゆく like water for chocolate

ビビッドな電撃

潮の がまだ濃い宇宙服を着た即身仏で埋まるコロニー
戦争は終わりましたか カナリアは長音階で鳴いていますか
フィヨルドの少女は恋も外国のニュースもすでに知っていたんだ
洪水の町、洪水の町にいて初夏 はつなつ の死は思い出せない
ねえ君もテレビを捨ててきたんでしょ サンタ・クルス・デ・テネリフェは夜
焼け跡をながめてひとり立っていた少女の舌にある S・ O・S
雨乞いをこばみ続けた魔女がいて砂漠になった彼のふるさと
黒死病患者の長い行列が波打ち際へ続いたという
木星へ行ってしまった人たちは地に呪われた 地に呪われた
真空を泳ぐ魚のなきごえを誰も知らない。聞こえないので
ポケットに真夏の蝉を死なせつつ父と神学論争をする
UFOの騒ぎがあったあの日から市電で見かけなくなる少女
触れられただけでどちらも死んでいた17歳の日と深海魚
学校は今日でやめます、将来はアンダルシアの犬になりたい
放課後に生命線の長すぎる男がくれたキャンディ・ケイン
盲目の女優と白い尨犬 むくいぬ になめられていたような気がする
心臓がやつの叩いたフィル・インの裏拍で鳴る天才少女
片頬がそうであるならどこにでも接吻される確率はある
ゆううつなクジラがいつも胸にいて終わる臨海学校と君
ほんとうにうまいカレーはかなしみを知るみぼうじんだけがつくれる
今はもう記録テープの中にしかいない殺人者と蝉の声
犬釘にパリンドローム配列を縫いつけられて規約違反者
デルヴォーの絵に飛び込んで自殺したひとから赤い切符が届く
五千年前から禁止されているはずの飛行機、パリ上空で
もし海がなければ人は永遠に生きるのだろう帰るあてなく
蒸発をした人体は雪になりイルクーツクの屋根に降ります
この雨が めば母星に帰れるとわかっていても待てない 死体
窓のないツインタワーに修道士たちを格納する労働を
脳みそにドライアイスはつけますか 青い袋でよろしいですか
バスタブで法制史家は死んでいたグレン・グールド月命日に
国営の団地の四畳半で聴く火星旅行のラジオCM
三匹のポメラニアンが成し遂げた時間旅行とクーデター とう
北風が録音されたレコードの逆再生としての恩寵
大深度核シェルターに流れ出す国連加盟国の童謡
人鳥 ぺんぎん はぼくを散歩に連れ出して南極高地にも春はくる
深海の電話交換所の夜の勤務態度をチェックしないで
ダム湖にも人魚がいればたくさんのひとが泳ぎに来たのでしょうか
密猟者狩猟者たちを追いかけるハイラックスで腋汗 わきあせ をかく
塩水に屋根まで浸る ル・コルビュジエの設計ではない給水塔が
コロニーで生まれた君を重力の強い球場まで運ぶから
「この星は四次元人の地図であり……」宇宙開発省事務次官
アメデュール、ラクーンを狩るオリゲネス、レントゲンには映らない骨
意味のあることには何も意味がない 潜水服にキスをして寝る
常温の母乳が筐にそそがれて量子計算機は亡くなった
ナトリウム灯のひかりがラトビアの車を照らす そんなトンネル
刑務所の島で孵った鳥たちはひだりの羽根に黒点がある
オデッサを見やる少女の吐き出した煙がぼくの目にしみて海
泳いでる、というわけではないけれどプールのなかで動いています
乗ってきたらくだが不意にあくびした جلف كبير ジルフ・ケビール にて終わる夏
標本のモルフォチョウにはみな胴がなく僕もはやく地獄へいきたい

惑星主義のふたつのドグマ

不時着の少女は目覚めこう言った「わたしのことを忘れないでよ」
マギオンは軌道をまわる 明け方の電離層にはいい風が吹く
「殺すなら涙ぐらいは流しなよ」珪素生物にアドバイスする
セイラムに向かう電車はもう来ない すべての旅は終わったという
かげ りゆく都市から処女は立ち去った サーバーに咲く花に水遣る
本体は地下にあります 低温の小部屋の隅でふるえています
命とはプラスチックのかたまりに過ぎない 電算装置は述べた
人々の情熱と汗なくしては不老も不死もまるで無意味だ
発展が滅ぼした しゅ を 人類を 霊長たりえなかったものを
革命の理想が忘れられたあと酸素どろぼうだけが残った
終わりまで旅客通路を歩いたらこの世の中はすべて空港
灰色の空もフィルムに記録して永遠に残す「なぜ? 」「規則だよ」
福音を二重らせんに埋めこまれ産まれた子ども 神様になる
善人は死後、一等のラウンジで国際線を心地よく待つ
極北の塔から監視されている党員の手に白い蘭花を
セルリアンブルーの灰は降り積もる 五千年紀の秋の夕暮れ
計算はまだ終わらない サーバーに咲く花はもう枯れているのに
宇宙には他の生命もいるという。(ソーラー3、わたしを見つけて)
紅海へ吐いた煙が目にしみる 長期的にはみな死んでいる
走り出す内燃機関に背を預け終末を行くウィークエンダー