青野ゆらぎ


# 2026-05-15

オープンカー あなたはひどい悪人で雨の日もサングラスのギャング

/篠原仮眠「エラーコイン」,banana flavored chewing gum p. 19

雨の日にサングラスをかけてオープンカーに乗っている「あなた」はおそらく悪人ではないのだろう。
「あなたはひどい悪人で」と言い切っているにもかかわらず、提示される状況証拠は弱いものだ。派手なギミックを用いることなく、字面と逆の意味が示唆されるのがおもしろい。

サングラスをかけた三枚目の男とその恋人、という配置をなんとなく想像した。


# 2026-05-15

懲罰の部屋にありては支那ふうに脚を歪めて坐るべきこと

山尾悠子「角砂糖の日」

それ単体で完結しているような短歌を鑑賞するのはたのしい。それはゲルハルト・リヒターがいうところの「反世界」「なにかべつのことの計画であり、モデル、あるいは報道」[1]だ。
ここではある世界観が、規則もしくは宣言のかたちで提示されている。なぜそうするべきかはわからないが、何をすればよいのかはわかる。

「懲罰」「支那」「歪めて」といった語の選択からは清代のような美学がイメージされる。これがこの短歌の形式とよく合っていて、一見したときの退廃的なイメージに反して意外なほど端正だと思う。

[1]「ゲルハルト・リヒター 写真論/絵画論」淡交社,ヤン・トルン=プリッカーとの対談 [1989年], p. 94

# 2026-05-14

換気扇のライトをつけてくれないか?換気扇のライトを見たいんだ

太朗千尋「テナント」,早稲田短歌55号 p. 146

TBS系列で放送されていたお笑いバラエティ番組「リンカーン」のコーナー「激論!朝までそれ正解!」にて

「だ」で始まるキスの後のかっこいい一言は?

というお題が出た際、ウド鈴木は「ダージリンティーをくれないか」と回答した。その後にはきっと「ダージリンティーを見たいんだ」がつづくはずだったのだろう。
この短歌は言い方が内容を圧倒していてすばらしい。もし短歌において言い方と内容のどちらかしか選べないとしたら、言い方を選びたい。

ちなみに山口智充はこのお題に「だろ? 」と回答した。


# 2026-05-14

星が光を長く患ういっぽうで違法アップロードのアニメ

碓井やすこ「船室vol.1」

すごい短歌だと思う。われわれは何かにひどく失敗してしまった、という感覚をもった。
恒星はそのサイズによって数千万年から数百億年といったスケールの寿命をもち、核融合反応によって光を放つ。それが慢性的な病にたとえられている。
対置されるのは「違法アップロードのアニメ」。暗い部屋に画面が光っていて、それがなにかを解決したり癒やしたりすることはないのだろう。
ではどうすればいいのか、はよくわからない。


# 2026-03-30

薔薇と蜂/製氷室に蜂がいる/薔薇の溢れる製氷室に

丸田洋渡「これからの友情」,p. 15

薔薇の溢れる製氷室に蜂がいる。この明確なイメージを切断して並べ替えるという、いってみれば論理的な方法で短歌がつくられている。
これはカメラワークとも違っている。この光景をカメラで撮ったばあい、はじめからすべての要素が目に入ってしまう。
短歌が最初の文字から順番に読まれることを活用している、とも言える。


# 2026-03-30

ロマンチックな庭だね、黒い草花が取囲む池に虹が懸かり、きみの弟が溺れてゐるね

松平修文「夢死」

「この人はこちらの話を聞いていないだろうな」という短歌の類型があると思う。こういう短歌は好きだ。なぜ好きなのかはうまくいえない。
こちらに向かって話しかけているはずなのに、ただ訂正不能な考えだけがつたわってきて、コミュニケーションの余地があるように思われない。
相手の言うことを受け入れるしかなく、反論ができないので、どこが好きなのかをうまく言うこともできないのかもしれない。


# 2026-02-24

クリスマス・ソングが好きだ クリスマス・ソングが好きだというのは嘘だ

佐クマサトシ「vignette

いちばん好きな短歌だ。Aかつ非Aというもっとも根本的な矛盾が短歌になっている。
ふたつの主張のあいだに時間経過があるとか、ひとつだけが真なのだとも考えられる。しかし、これぐらいの矛盾は当然で、それを短歌にすると驚くようなものになるのだ、とするほうが魅力的だと思う。


# 2026-02-24

強そうにアナグラムしてあげようね消えゆく森のレッパ・サンダー

田中有芽子「私は日本狼アレルギーかもしれないがもう分からない」,p. 70

大学の軽音部にカシワギさんという人がいて、海外留学にいくことになったので「ワギサヨナラパーティー」が開催された。
当時、その軽音部はアナグラムに熱心に取り組んでいたので、「パギサヨナラワーティー」「ティギヨサナラパーワー」などあらゆる組み合わせが試された。
どれが優勝したのかは覚えていない。

誰に言っているのかわからないが自分の言いたいことを言い切っている、というのがこの短歌のいいところだと思う。
「私は日本狼アレルギーかもしれないがもう分からない」にはそれがいくつもある。短歌の掲載順が50音順なのは合理的だ。


# 2026-02-23

わたしとまったく同じすがたの動物がわたしに向かって前肢 まえあし を折る

布野割歩「親和」

複製や鏡写しは魅力的だ。
「わたしとまったく同じすがた」の動物が、おそらく馬が座るときのように前肢を折っている。同じすがたであっても身体のつくりがちがうのかもしれないし、わたし自身が四足の動物なのかもしれない。
個人的には前者の解釈をした。完全な複製は世界に新規性を生まないが、複製しきれないなにかが残ればストーリーがうまれる。

「わたし」を中心に配置された8音の字余りに一定のテンポがある。


# 2026-02-23

特別な進化条件 DSを特攻機に持ち込み離陸する

~1000「Children in a Defeated Country(東北大短歌 第八号)」

特攻機という題材は極限的なので、そこにDSを持ち込んでもなにかを変化させられるわけではない、という構図があると思った。
「進化条件」はポケモンのそれを思い浮かべた。この進化条件を達成するのはむずかしく、進化させたとしてパイロットは今後ポケモンで遊ぶことはないだろう。特攻というできごとはこの仮定のもとで変化していない。


# 2026-02-15

I M P O R T A N T 思い出と花々を束ねた

大頭非力

視覚的な短さが目を引く短歌で、しかし、おおむね定型になっている。アルファベットをひとつずつ口に出すと暗号のような響きもある。
少ない言葉で多くのことを語れるのはすばらしい。その意味でこの短歌は理想的だと思う。


# 2026-02-15

夜にもっとも頼れる脚のリストからあなたが借りてくる青い馬

甲斐

いつ見てもかっこよくて、こういう短歌を作りたいと思う。シンプルな語彙で世界を表現している。
初句七音が3+4で、「もっとも」という強いことばが強拍にあるのが気持ちいい。アウフタクトで演奏をはじめて、小節の頭に「もっとも」がくるような感じだ。
「リスト」という単語もいい。リストには機械的/暴力的な側面がある。Wikipediaの珍しい死の一覧に掲載されている人たちは、お互いの共通点を思うこともなかったはずだ。
しかしこの作中の「リスト」はネガティブなものではなさそうで、クールな雰囲気がある。


# 2026-02-15

そうしてわたしたちは偽物の指環を埋めた遠くの人にこれからわるいことが起こると知りながら

野村日魚子「百年後 嵐のように恋がしたいとあなたは言い 実際嵐になった すべてがこわれわたしたちはそれを見た」,p. 160

野村日魚子の短歌でよく思い出すもののひとつ。
遠くまでとどく力は魔術的だ。引力や電磁気力、放射線。この短歌にはそういった力のもついやらしさがよくあらわれていると思う。被害者だけでなく、加害者もそれに抵抗できない。
「そうして……」からはじまっていて、長いストーリーの結末とも思える。
倒置法の効果もあって一息で読みたくなった。書籍では、改行によって長方形に近くなるように文字が組まれている。